東京高等裁判所 昭和52年(う)2046号 判決
被告人 井島寿美男
〔抄 録〕
自首には、犯罪事実が捜査機関に未だ発覚しない場合、又は犯罪事実は発覚しているが犯人の発覚しない場合に自ら捜査機関に自己の犯罪事実を申告することをいい、申告の方法には別段の制限がないと解せられるのであるが、右認定のごとく、被告人は衣川、中城に一一〇番してもいいよと言ったが、一一九番に電話するのが先であるとの判断から衣川が一一九番に電話し、かつ、衣川においては、犯罪の発生と、犯人が現場にまだいる旨を告知し、一一九番に通報すれば当然一一〇番に通報されると信じていたので、改めて一一〇に電話しなかったこと、被告人は、自分は逃げ隠れしないと言い、逃げることなく、救急車の到着後も警ら用無線車により警察官の到着するまで、現場にとどまっていたこと、臨場した警察官にどうしたのだと聞かれ、すぐ「やっちゃった出刃包丁で」と答え、自己の犯罪事実を告げ、素直に逮捕に応じていることの各事実が存在している本件の状況のもとにおいては、被告人は主観的には、捜査機関に対し電話により衣川を通じて、未だ発覚していない犯罪事実を申告する意思を有し、警察官の臨場を待ちうけて、自己が犯人であることを、犯人の発覚しない以前に申告する意思を有したと認められる。そして、現場に臨場した警察官が、被告人が返り血をあびている状況および血液様のものが付着した出刃包丁が被告人の足元にあった状況から、被告人を殺人被疑者かもしれないと考えたが「どうしたのだ」との問を発し、即刻被告人が「やっちゃった出刃包丁で」と警察官に答えたので、犯人であることが発覚し、現行犯として逮捕したものと認められるのであるから、これに反し、被告人の所為を自首に当らないと判断した原判決は、これを肯認することはできない。従って、本件での叙上の特殊な事情を考慮すれば、被告人の所為は、自首に当ると認定されるべきものであるから、この判断に反し、自首に当る旨の主張を排斥した原判決には、事実誤認があるものであるが、自首減軽をするかどうかは裁判所の裁量に一任されているものであり、原審記録および原審ならびに当審取調べの証拠を検討しても、本件において被告人に対し自首減軽を施す必要があるとは認められないから、右の事実誤認は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認には当らない。
(木梨 時国 佐野)